2009年06月18日

その51

最初はライトバンで湯のし屋、仕入先の問屋、仕立屋回りなどの雑用からやらされた。1ケ月後には博多帯と大島紬の入った段ボール箱をライトバンに積んで売って来いと言われ仰天した。

ど素人が高級呉服の販売などイキナリ始めて売れそうにないのが普通である。しかし、シゲは意外な才能を発揮した。初日から博多帯を1本売ってきたのである。これには呉服屋の大将も驚いた。それからはメキメキ腕を挙げて2年後にはトランペットクラウンのハードトップがあてがわれ、熊本支店長に抜擢された。支店長と言ってもマンションに事務所があり50代の女事務員がいるだけで、シゲが一人で営業に回らねばならない。

シゲも24歳になり服装も垢ぬけてきた頃、中学の同級生だったペコちゃんが、川瀬の3号線沿いで「サンラビ」という喫茶店を開いた。八女郡界隈にはまだ喫茶店というものが少なく近在の若者らが足繁く通い始めた。

其のころシゲは出入りしていた八女市の茶道教室で知り合った赤バスのガイドをしている千秋とつき合うようになった。けして美人ではないが、色白の細面、抱くと甘酸っぱい香りが漂ってくる。仕事の合間に、休みにとデートを重ねた。結婚しよう、シゲは熱望したが向こうの親が反対する。

セールスなんて、とんでもなか。家の家系は技術職なのでキチンとした会社の勤め人でないとイカン」

と、千秋の兄が親の代弁をしたが、その兄は自動車の修理工で、父親は農協で有線放送の工事に携わっているという。

「でも、最初はどこの会社も小さい規模で始めたと思うのですが…」
「それは戦後の混乱期だからできたとですよ、今は安定しとるけん勤め人が一番です」

たかが修理工にそんな風に言われるとは思ってもいなかった。
それからしばらくして長崎のお客さんの紹介で銀行員の女と見合いをしたが、なんとなく気に入らなかった。次に紹介されたのは長崎の岡正というデパートで電話の交換手をしている佐和子という女を紹介された。3ケ月ほど付き合ったが向こうの親の反対で別れた。

店の売り上げがはかばかしくなかった。売上低迷から脱出を目指してこれまでの月賦販売から信販会社と提携して長期ローンが利用できるような制度に移行したが思うように業績は伸びなかった。

手形決済日が近づくと社長は集金〜集金と従業員の尻を叩いた。シゲも大幅な値下げをしてまで現金売りに精を出したが1本で数十万もするような大島紬が簡単に売れるわけがない。博多帯の4万円を半額の2万円で馴染みの客に買ってもらうのが関の山である。社長は最後の手段として大島紬を質入れして手形を落とすようになった。

販売の為に商品を仕入れるのではなく、資金繰りための仕入れと化した。経営は次第に苦しくなり、従業員の給料も遅配が続いた。仕入れには買い取りと委託という二通りの方法を併用していた。買い取りは文字通りの買い取りである。委託というのは問屋から商品を借りきて売れた分だけを清算する。

買い取りは売れなかったら自分(近源)が在庫で抱えることになるが、委託では売れなければ返却すればいいから在庫が増えることはない。手形決済日の2日前に1本20万円〜30万円する大島紬を数十本借りる。それを入質して現金を作り、手形が落ちたら金策に走り質屋から出して問屋に返却する。

この方法は死の接吻と業界でいわれている。一回だけで済めば良いが、苦しくなると何度でもやりたくなる。常態化して典型的な自転車操業と相成る。
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2009年06月04日

その50

3日後には三和商会の前にスズタフロンテ360が届いた。白い塗装に全くツヤの無いヨレヨレの軽自動車である。しかし、2サイクル25馬力のエンジンは快調に回る。走りも軽快だ。

さっそく当条のアジトに持ち帰り洗車をした。ワックスをかけるがしっかり水垢が付いていてピカピカにはならない。プラスチック製のひ弱なハンドルには包帯をグルグル巻きつけて握りをよくした。右のドアーにはフェリックスキャットが爆弾を抱えたマークをプラカラーで描いた。プラモの塗装に使うプラカラーが残っていたのでそれで描いた。

「普通の2サイクルエンジンとは違う、CCI方式じゃけんね、馬力も強かぞ」

とはシゲの手前味噌な思いで、有体に言えば時代遅れのポンコツ車だ。シャッター屋になってからトシアキとは会っていない。風の便りではスレート屋に就職したと聞いた。屋根や壁を貼っていく仕事だがこれは死ぬほどキツイ。

シャッター屋になってからのシゲには麻雀の誘いが多くなり、遊び友達が浪人や学生へと変化した。ある時、麻雀仲間のペーさん(北川)から自動車のワックス掛けのパーフェクトセンターで働かないと持ちかけられた。月給は4万円という。おんぼろ車の支払も終わったので転職することにした。

特殊なワックスでパーフェクト処理を施すと1年間はワックス掛けが不要といううたい文句である。費用は1500CCクラスで8000円。2000CCクラスで10000円だ。経営者は久留米市に本拠を置く近藤源次郎、31歳のやり手だ。本業は呉服商で屋号は「近源」という。従業員10名の有限会社で、副業としてパーフェクト処理業に手を広げた。

しかし、1年後にこの事業は頓挫する。儲からないので、福岡県小郡市の大森電工という所に売りつけてしまった。3人いた従業員のうち2人は新しい経営者の下で働く事に同意した。シゲは呉服部へ来ないかと誘われた。月給45000円に釣られて頷いた。

呉服の販売なんて全くの未経験である。が営業用の車がトランペットクラウンのハードトップやコロラマークUのハードトップと言った具合だ。若者の心を捉える営業車に惹かれたのである。

「高田君、その服装をなんとかせないかんね」

ブレザーに先の尖った魔法靴を見て先輩が注意した。歳のちかい先輩に連れられて八女市の堀洋品店に連れて行かれた。「近源」ご用達のショップだからツケが利いた。店長に進められるままアイビールックのブレザー、スラックス、ボタンダウンのシャツ、スリッポンの靴を揃えた。
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2009年05月08日

その49

「俺げの二階で集まるけん、シゲちゃんもこんかい」

後ろを振り返ったが、もう、トシアキの姿は無かった。みな、思い思いのグループを作って二次会と流れ始めた。シゲはトントのファミリアにエツオ、シズオ、アキコの5人で乗り込むと、上広川の山の中へと向かった。他にもう一台の軽ハンダN360には男女4人が乗って付いてくる。トントの家は山間の戸数30戸ほどの小さな集落にあった。

車が1台やっと通るほどの小路を器用に運転して家の前で止めた。母屋の前に小屋があり、その二階がトントの部屋になっている。去年の同級会での事故の時、この家にはエツオと訪ねてきているから今度で二度目だ。階段を上って部屋に入ると鉢盛りと日本酒ビールジュース、菓子類がテーブルに並べられている。

「さー、誰でん入ってくれんの」

それぞれ適当な位置に座って酒盛りが始まった。シゲは自衛隊を1日で辞めた顛末を話したところまでは覚えている。しかし、後の事は思い出せない。気がつくと炬燵に足を突っ込んで雑魚寝していた。成人式を終えるとシゲは職探しに久留米の職安を訪ねた。中学卒の学歴では工員や店員、トラックの運転手などの募集ばかりだ。その中に三和商会というのがあって、

「作業員募集・18歳〜30歳・日給月給3万円・学歴不問・要普免・8〜5時勤務・住所
久留米市上津町・TEL・092〜41〜0088歴参」

これにしようと思った。

「この、要普免と歴参ちゃ、何ですか?」

窓口にいる初老の男に訪ねた。

「普通免許がいるちゅう事と、履歴書を持ってきてくれちゅう事ですばい。行きんしゃるなら電話ばかけてみまっしょうかね」

「あ、はい」

「モシモシ、こちらは久留米の公共職業安定所ですが。今、高田繁一さんちゅう19歳の方がお宅に面接に行きたいち言うとらっしゃあですが。都合はどげんですかね。明日の午後2時頃がよかとですね、わかりました」

「明日の午後2時だそうですが行かれますか?」

「はい、行きますけん」

赤バイに乗って約束の時間に行った。鉄骨にスレート屋根が被さった小屋である。隅に仕切りで囲われた部屋がある。小さな机と簡単な応接セットが置いてあり、頭を心斎刈りにした、中年の男が待っていた。シゲが履歴書の入った封筒を差し出すと目を通し、

「仕事はシャッターの取り付け。勤務は8時〜5時まで、休みは日曜日。月給は3万円、通勤手当は無し。これでよかったら明日から来てください」

こうしてシゲはシャッター屋になった。三菱キャンター(2トン)に3人乗り込んで、電気溶接機と部材を積んで出発する。筑後地方一円をシャッターの取り付け工事をして回らねばならない。シゲはガンガン屋の経験があるので電気溶接はお手の物だ。難しいのはシャッターの板を切る事だった。取り付ける場所の間口に合わせて波打った薄い板を金切りノコで切っていくわけだが、これが存外難しい。自動車の鉄板は0・6ミリ以上あるので切りやすいがシャッターはそれよりも薄いから非常に切りづらい。力を入れ過ぎると金切りノコの歯が直に折れてしまう。
雨が降ると合羽を着て赤バイでやってくるシゲを見て部長が、

「大変だろう。知り合いが中古車を扱っているので、車を買うなら世話してもよかぞ」

シゲの胸は弾んだ。ほとんどの友達が車を持っている。スズタフロンテ360が8万円であるという

「俺も車が欲か」

しかし金が無い。欲しくてたまらないが8万円という現金の工面がつかない。母に言えば、一蹴されることは目に見えている。下手をすれば親父から頬下駄を打たれかねない。中古屋のおっちゃんに月賦にしてくれと頼んだが現金払いで無いとダメだという。見かねた部長が助けてくれた。

「うちの会社で手形を切ろう。毎月8千円ずつ給料から差し引けば良かたい」
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2009年04月07日

その48(成人式)

それから2日後に今度はシゲのアジトに自衛隊の勧誘係りが現れた。

「な、高田君、海上航空隊に入らんかい」

菓子袋参で連日口説かれた。シゲは体力には自信がないし喧嘩も弱い。迷いに迷ったが海上航空自衛隊というのにひかれて入隊を決意した。簡単な試験と尿の検査があった。去年の夏は急性肝炎で入院したので、小便は便所で勧誘員の尿を入れて渡した。こうしてシゲも自衛隊へ行くことになった。入隊日は明けて1月11日と決まった。

この事をエツオに話すと、壮行会を開くと言い出した。緊急に中学の3年4組の同級生に召集がかけられた。昭和51年1月10日、上広川の吉常にある料亭丸十に席が設けられた。マルケイ、ペコ、コウシ、ヤギ、トモコ、ケイコ、ヒサコ、ヒロコ、カズコ、エンナリ、ジャン、エツオという面々が集まった。

宴会が終わると、

「シゲちゃん、入隊ばんざあい!」

1月11日早朝、アジトへジープが迎えにきた。長崎の相浦にある海上自衛隊へ連れていかれた。基地の中にはカッターという船が並べられていた。オールの握りが黒く汚れている。

「あれは君の先輩たちが訓練で手に血豆ができてそれが破れて黒く跡が残った」

と説明されシゲは卒倒しそうになった。自分にはとうてい無理と思い入隊はしないと言い張った。勧誘係のジープで当条のアジトに戻ったとき家族は驚いた。もっと驚いたのは壮行会を開いてくれた同級生たちである。

「シゲちゃんば川瀬で見たばい」

とヒロコ。

「シゲちゃんは自衛隊に行ったよ。遅れたとかな?」

などと噂しあった。
1月15日、午前9時、寒気はあるが絶好の晴天である。広川中学校玄関に昭和41年卒業の面々が集まり始めた。時間の経過を経て人の列は式場の体育館へと移動する。

黒いスーツに赤シャツに黒と白の縞模様のネクタイ姿のシゲの顔もあった。下広川、中広川、上広川に分かれ、それから集落別に並んだ。シゲは当条の列に並んだ。当条の連中はシゲが自衛隊を1日で逃げ出した事はまだ知らない。

378名もいるから次第にガヤガヤと騒がしくなってきたが、式次第は順調である。やがて閉会の挨拶があると、男女混合の輪があっちこちにできた。すると聞き覚えのある声がした。その方に目をやると、なんとあの唐芋(といも)顔が見えたのでシゲは仰天した。

「おい、トッしゃん、自衛隊はどげんしたとか?」

自分の事は棚に上げて思わず問うた。

「あ、シゲちゃん、自衛隊にはもういかん。朝礼の時、タバコば吸いよったら、教官に怒(が)られたけん、頭にきて辞めた」

「ふーん、あれから俺も勧誘係りに目ばつけられた。毎日来てせからしかけん、海上航空自衛隊に入隊した。ばってん1日で辞めて帰ってきた」
「あははは、そげんか!」

「そうか、シゲちゃんもかあ、今、自衛隊は誰でも入れるばい。同期で刺青しとるともおったけん、なんで自衛隊にきたとか聞いたら、組で不始末して逃げて来たとげな。追っ手は自衛隊の中にまでは来んけんね。」
二人で涙が出るほど笑いあった。そこへトントが近寄って耳打ちした、
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2009年03月19日

その47

西鉄久留米には午後2時半ごろ着いた。駅裏の空き地にNコロを止めてフルーツポンチを目指した。ドアーの取っ手を引くとカランコロンと音がした。中をのぞくと奥のテーブルに中年の男が座っている。不安気な様子が伺える。

「シゲちゃん、ここに座っとって」

トシアキはそう言うと男の方に歩いていった。シゲは入口のテーブルに着いた。店員がおしぼりと水を持ってきたので、

ブレンドひとつ」

他人を脅かすなんて、考えてみた事も無いのでこれからどうなるだろうと心配になってきた。トシアキは男に近づいて話をしていたが直ぐに戻ってきた。

「ちょっと行ってくるけん」

「どうしたとね」

「金ば払うけん、一緒に来てくれち。相手が言いよるけん、行ってくるたい。シゲちゃんなここで待っとかんね」

30分もすれば戻ってくると思っていたが1時間過ぎても何の連絡もない。シゲはだんだん不安になった。しかし、このまま帰るわけにもいかず、一杯のコーヒーで長時間いるのも気が引けた。2時間過ぎたのでいたたまれなくなって、

「ブレンドコーヒーとトーストください」

一人で帰るにしてもこんな格好じゃバスにも乗れない。軽食を食べ終わってたばこをふかした。時計を見るとすでに3時間が経過している。 この辺が限界と思った時、入り口でカランコロンと鳴った。ドアーが開くと唐芋顔が見えた。肩を落として戻ってきた。トシアキは椅子に座るなり、

「シゲちゃん、終(しま)えたばい。諸富組に連れていかれた。にあがりよっと熊の檻に入るっぞち言われた。檻のそばに連れていかれたけん、えずかったあ」

「えー、羽犬塚(はいんつか)のあの諸富組か。そこに連れて行かれたとね。そりゃまたどうして?」

「専務がヤクザに脅されとるちゅうて、頼んだとげな」

羽犬塚は久留米から南の方に10キロほど離れている。戦後になって諸富組というヤクザができたが、今は県会議員に衣替えしている。企てはあえなく終(しま)えた。
そしてこげん言われた。

君はまだ若いんだ。ぶらぶらしとってはいかん。自衛隊に行って修行をしてきなさい。言う事をきかんと終(しま)やかすぞ!」

最後の言葉は迫力が違った。

「すぐ電話で久留米の自衛隊に入る手続きばされた」

「ふーん、終(しま)やかすち言われたら言う事ば聞かないかんのう。ばってん、熊の檻に入れられんでよかったやんの。で、いつ自衛隊に行くとね」

「12月15日には行かないかん」

それから二人で12月14日の夜中まで遊び回ってトシアキの家に泊まった。早朝6時に起きるとシゲは赤バイにトシアキを乗せて久留米市高良内にある陸上自衛隊へ送った。
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その46

「エヘン!」

とやるとそれからは静かになった。
 朝目覚めたの7時だ。トシアキと美代子は大急ぎで身づくろいをするとNコロのエンジンをかけて出て行った。シゲは母屋に行って食卓についた。母親のフサはまだいたので、皿洗いの仕事は午後からのようだ。玄関からは妹の梅子が、

「行ってきまーす」

続いて弟の繁雄が

「母ちゃん、行ってくるけん」

自転車に乗って学校へ行った。梅子は八女津女子高校の3年生。繁雄は県立福島高校普通科の1年生。八女津は誰でも入れる。福島高校はこの地方では八女高校の次にランクが高い。シゲがアジトで航空ファンを読んでいると、車の音がした。しばらくすると破れ障子が開いて、唐芋(といも)顔がヌッと現れた。

「トっしゃんかい」

といもはスリッポンの靴を脱いで炬燵に入ってきた。

「丸下被服の専務から金ばもらおうち、思うとるけん、加勢せんの」

「えー、なんそりゃあ?」

「うん、俺の女に手出したけん、どげんしてくれるかち、電話ばしてきた。今日午後3時に「フルーツポンチ」に呼び出したけん、アンタも一緒に来んの。シゲちゃんは何もせんでよかけん」

付いて行くだけでだけでいいならとシゲは思った。どうせ暇だしすることも無いのだ。

「友達に名古屋帰りの汚れがおるけん、今から連れて会社に行くけん、話会おうち言うたら、それは困るけん、どこかで会おうち、専務が言うた。金ば払うけん、かんべんしてくれち言う口ぶりやったけん、3万円は握るばい」

シゲは名古屋の汚れという設定になった。遊び手がジャンバーではマズイ。薄いグレーの背広があるのでそれを着ることにした。あいものだから少し寒いが我慢するしかない。これに安物のソフト帽を被ってマッチの軸を燃やして炭で口ひげを書いた。薄いサングラスをかけるとそれらしく見えるようになった。
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2009年02月26日

筑後平野第二部その45(美代子)

昭和50年12月初旬、午後、
福岡県久留米市、西鉄久留米駅、名店街タミーにあるスナック喫茶「フルーツポンチ」のテーブルに向いあって座る二人の若者(わけもん)がいた。シゲとトシアキである。

「シゲちゃん、私しゃ、美代子ば呼び出してボ〇するばい」

と言って入口のピンク電話をかけ始めた。トシアキは歌がうまくて面白い。おしゃれなスリッポンの靴を履き、服装もアイビールックで決めている。ディスコや街角で女を引っかけるのはお手の物である。いま付き合っている女は佐賀県江見町から久留米の縫製工場まで通っているという。

常に女を切らさないトシアキが羨ましく思える。見知らぬ女に街角で声をかけその日のうちにやってしまうなんて、ジャンパーに先の尖った魔法靴を履いている、シゲにはとうていマネのできる芸当ではなかった。

「トッしゃん、そんなら俺は帰るけん…」

「うん、そんならまたね、シゲちゃん」

西鉄バスセンターから八女営業所行きのバスに乗って川瀬まで40分ほどである。川瀬から当条まで2キロだ。赤色の堀川バスが運行しているが1時間に1本しかない。次のバスまで40分あるから歩くことにした。こんなことなら赤バイで行けばよかった。

真っ直ぐな県道をとぼとぼ歩いていると、向こうからおばしゃんが自転車でやってきた。光江さん、子供のころ遊んでもらった「ヤー」の母ちゃんだ。おばしゃんは川瀬の十番というホルモン屋で夕方の5時から夜の11時まで働いている。広川町でも九州自動車道の工事が始まって飯場ができている。鉄筋工や型枠大工、土工といった連中がホルモン屋のお得意だ。と、光江おばしゃんがこの前会ったとき話していた。

「シゲちゃん、今帰りね」

「うん、」

挨拶を交わしてテクテク歩きから20分で当条に着いた。腹が減っているので、すぐに母屋に行った。誰もいない。ジャーを開けて茶碗に飯を大盛りした。コンコン漬にカツオ節を醤油でまぶして飯に乗せるとそれだけで2杯はいけた。

シゲが食後の一服をしていると表で車の音がした。親父が帰ってきたようだ。急いでタオル1本を肩にかけた。裏口から共同風呂を目指す。徒歩で3分の距離にある。石鹸を持ってないので湯船に浸かるだけだ。
温まって風呂を出るとアジトにしている廃屋へ移動した。綿入り半纏を羽織って炬燵に潜った。テレビを見ていると、外で車の止まる音がした。足音が近づいて窓の外に人の気配がする。

「おーい、シゲちゃん、おるかい。私じゃん。遊びに来たばい」

「おー、トッしゃんかい。どげんしたと、入らんかい」

「連れがおるばってんよかね」

知った者(もん)なら真っ直ぐ来るから、知らん奴に違いない。

「うん、よかよ、」

ガシャピーンと破れ障子が開いて唐芋(といも)顔が現れた。後ろには女の姿が見える。美代子に違いないと思った。

「シゲちゃん、これが美代子たい。今日は泊めてくれんね」

女のことは聞いていたが、実際に会うのは初めてだ。美代子はニコっと笑った。笑うとエクボができた。瓜実型の可愛い顔で男好きのするタイプだ。

「えー、そりゃあ、よかばってん、布団ひとつしかなかけん。炬燵で寝るならよかよ」

二人はアメリカラムネのホームサイズとバタピーを持参してきた。コーラは湯呑に分けて飲んだ。そして美代子が言った。

「うちねえ、今度の土曜日に会社の専務からご飯食べようって、誘われたとよ」

「なんかそりゃあ、おまえはその専務からボ○されたっちゃなかろね」

トシアキが不機嫌になった。

「なーん、そげんことはなかよ」

それから二人でぶつぶつ言い合いを始めた。シゲは布団に潜った。うつらうつらしていると物音がしてきた。目を凝らすと、炬燵の中で何かゴソゴソしている。
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2009年02月19日

ぜひ見て見たい映画


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2009年02月04日

その44(マージャン)

下戸の割には昨夜良く飲んだようだ。シゲはトイレででゲロ吐いたまでは覚えているが後のことは思い出せない。目覚めるとアジトの布団の中だった。頭はボーとしているがムカツキや吐き気は無い。母屋に行き裏口から入ると母親のフサが朝飯の用意をしている。顔を見るなり、

「夕べはどこに行っとったつか。夜中に戻ってきたろうが。あんまりにあがってはイカンばい」

どこにでもある親子の挨拶代わりのお小言を頂戴する。

「うんうん、わかったけん、銭ば2、3000円貸してくれんの」

母親が高速道路のサービスエリアにあるレストランで皿洗いをしているので、現金収入がある事を見越してねだりながら台所のテーブルに着いた。すぐにミソ汁とご飯が並べられる。次にサバの煮付けとコンコン(高菜の漬物)が出された。急いで飯をかき込んでアジトに戻ってオンボロのテレビを見たりタバコを吸ってると庭の方でバババと2サイクルエンジンの音がした。

「シゲちゃん、おるかい!」

破れ襖が開いてラッキョウのような顔が現れた。同窓会以来エンナリやエツオとも交流が広がっている。彼は八女高校を一年遅れで入学してる。つまり高校を浪人したというわけだ。八女高校というのはこの地方の進学高校である。広川中学でも学年成績では上位30番以内でないと入学は難しいと言われている。エツオは現役で八女高に入学し、鹿児島大学の医学部を受けたが滑ったそうだ。二人ともシゲのような落ちこぼれとは縁のない優秀な生徒だが、同窓会の事故以来時々遊ぶようになっている。

「お、エンナリしゃんかい。どげんしたと?」

エンナリの方から廃屋のアジトにやってくるとは珍しいので、なんだろうと思った。

「マジャンばするけんこんね、メンツが一人足りんとよ」

「えー、マージャンやら俺は全然知らなんばい」

「よかよか、教えちゃるけん、車に乗らんね」

「ちょっと待っとって」

シゲは母屋へ行って母親から2000円をせしめてから庭先に止まっているヨレヨレの赤いスバルR2に乗り込んだ。ポンコツに同乗して15分も走ると八女市のはずれにあるホーラ化粧品の販売店の前に止まった。

「ここはどこね」

「うん、うちのお袋の店やけん、心配いらんよ」

エンナリの母親がホーラ化粧品八女営業所をやっていうということのようだ。アルミ製のドアーを開けるて中に入ると若くて綺麗な女事務員が一人いて軽く会釈したのでシゲも軽く頭を下げた。

事務所の隅にある階段を上って二階に上がると会議室になっていた。手作りらしいマージャン卓が置いてあり、男が二人待っていた。一人はエツオでもう一人は知らない顔だ。

「あ、シゲちゃん、これは俺の兄貴たい」

「あ、そうですか、シゲです」

「初めまして、エンナリの兄貴でコオサクです」

シゲはコウサクから簡単に麻雀の説明を受けたが全然わからない。それでも見よう見まねでパイを積んで言われるままにこなしていた。するとコウサクちゃんが当然、

「そのスーピンでロンフォアー、タンピンドラドラで満貫ばい」

大声を発した。シゲは何のことかサッパリわからないが天棒というものをコウサクちゃんに上げねばならない。とそういうことらしい。やっているうちに少しはわかってくる。少しわかると面白くなって夢中になっていると外はいつの間にか真っ暗になっている。全員腹が減ってきたので、一時中断してインスタントラーメンやら菓子を食ってから再開した。シゲは途中で眠くなってきたので、帰ろうと言い出すが、

「シゲちゃん、まあだヨカじゃんね」

と言ってなかなか返してもらえない。とうとう夜明けになてやっと終わった。最後にトータルの計算があってシゲは3000円ほどの負けになるというから驚いた。持ち合わせが2000円しかないので残り1000円はコオサウちゃんに借金ということになった。彼は近くの歯科で技工士をしているという。三つ年上だから弟の友達に麻雀を教えてカモにしているようだ。


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その43(トシアキ)

アジトでテレビを見ていると

「おーい、シゲちゃん、おるかあーい」

と破れ障子の向こうで声がする。出てみると中2とき仲良しだったトシアキである。

「おー、なんかトッシャんか。久しぶりやねえ八女工業に行きようとかい」

「うんにゃあ、1年で辞めたばい、学校は面白なか」

「ほんなら今、何しよーとね」

「うん、横い手たい」

「えー、横い手、そりゃあまた、何かい」

「遊び手になる度胸もなか。横になって寝てばかりおる。母ちゃんに言われた」

「遊び人になりきらん。休み人。ちゅうわけかい。そんなら俺も同じたい。あはははは。」

トシアキはハンダN360を持っていた。とりあえず久留米へと繰り出した。西鉄久留米駅の裏に車を止めて名店街タミーの喫茶店に入ってテーブルに付くと女店員が注文をとりきにきた。トシアキは、

コーヒー

シゲは、

アメリカラムネ」

と注文するが通じるはずもない。

「そのアメリカなんとかは、なんですか?」

「コーラたいコーラ」

「あー」

ソバカスだらけの店員はうつむいて笑った。

3年振りの対面にしばらくは昔話に花が咲く。

トシアキが時計を見ながら、

「木下紙店に行ってみろうか、パットがおるばい」

カズナリとは病院に見舞いに来たきり来会っていない。好んで会いたい奴ではない。が。トシアキが一緒なら遊んでもいいという気になった。

「おう、行ってみろ行ってみろ」

トシアキは助手席にシゲを乗せるとNコロのヘンテコリンなシフトレバーをガチャガチャいわせて転がして明治通りにある木下紙店の前に横付けた。

「パアーパアーン♪」

風呂の中で屁をこいたようなクラクションを鳴らすと菜っ葉服に帽子を被った男が飛び出してきた。

「おろ。トシにシゲか、ちょっと待っとってくれ。後30分で終わるけん」

トシアキは、

「あー、すんすまっしぇん。まだ仕事中やったね。ほんなら行こうか」

などとからかう。

「ちゃ。待っとってくれ。お前えどんだけでいくな!」

「こらあ、まあだ仕事中ぞ!」

倉庫で紙の裁断をしていたおっちゃんから怒(が)られた。


「真理におるけん」

適当な空き地を見つけるとNコロを止め、ズボンのポケットに手を突っ込んで路傍に落ちたジュースの缶を交互に蹴りながら歩いた。池町川沿いにお目当ての真理という店はあった。

シゲは下戸だから飲み屋へは一人で行くことはない。酒好きのカズナリに無理に誘われるぐらいだ。真理という店はカズナリやトシアキが良く利用しているのだろう。準備中の看板が出ていたがトシアキはかまわずドアーのノブを引っ張った。

「あら、いらっしゃい」

薄暗い店内では2人の女が開店の準備でゴソゴソしていた。

「もう少しやけん、その辺に腰掛とかんね」

少年二人は長いカウンターに座るとそれぞれにタバコを取り出し、口にくわえると、マッチを摺って火をつけた。トシアキはタバコの煙で上手に輪を作って遊んでいる。シゲも真似てみるが上手くいかない。




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